オールブラックスにとってのラグビーワールドカップ

2011RWC

1987年に第1回 ラグビーワールドカップが開催される何年も前から、世界の頂点に立つNo.1のチームはどこか、という議論がなされてきました。

 

たいてい、オールブラックスか南アフリカのスプリングボックスの名前が挙がっていました。1960年代にはウエールズ、1980年代の半ばにはオーストラリアの名前が挙がることもありましたが、最もよく聞かれる名前はニュージーランドと南アフリカでした。

 

そしてそのチャンスがやってきます。当時監督を務めたブライアン・ロホーアは、非公式ではあっても長い間ニュージーランドがトップであったことを証明するチャンスが訪れた、と考えました。

 

オールブラックスは他チームとは違う準備をして臨み、他のチームを全く寄せ付けないラグビースタイルと体力を発揮し、最初のワールドカップを手にしました。 

 

しかし、4年後の第2回大会準決勝でオーストラリアに敗れた時には、ワールドカップに求められているタフなプレーの現実を突きつけられる事態となります。負けた試合には1987年で戦った多くの選手が残っていましたが、他国のチームはニュージーランドに追いつくために入念に準備をして臨んだのです。

 

宿敵、南アフリカの地で開催された1995年の第3回ワールドカップでは、ニュージーランドは準備にあらゆる手段を尽くしました。ニュージーランドは最初のスーパースターとなった、左ウイングのジョナ・ロムが大活躍、同大会では台風の目となりました。ケープタウンで行われた準決勝では衝撃的ともいえる4トライをあげイングランドを打ちのめしました。決勝では両チームともトライのないまま延長戦に突入する大接戦となりましたが、南アフリカのスタンドオフ、ジョエル・ストランスキーが伝説のドロップゴールを決め、15-12で南アフリカが逃げ切りました。

 

1998年は5連敗するなど成績は振るわず、1999年のワールドカップに向けた準備期間には低迷期に入ってしまいます。これはベテランが引退し、経験の少ない選手に入れ替わったことが原因でした。ジョナ・ロムの活躍にもかかわらず、準決勝で前半をリードしていたものの、後半に素晴らしいプレーを見せたフランスに逆転負けを喫しました。

 

2003年ワールドカップに向けた準備も不十分なものとなりました。当初はオーストラリアとニュージーランドの共催を予定していましたが、競技場の事情によりオーストラリアの単独開催となってしまいます。オールブラックスはシドニーのメイン会場から離れたところで試合前の練習をし、準決勝の厳しいオーストラリア戦に臨みましたが、再び敗れて3位という成績に終わりました。ワラビーズのスクラムハーフ、ジョージ・グリーガンがゲーム後半にオールブラックスのスクラムハーフ、バイロン・ケラハーに放った「あと4年かかるな(優勝は4年後までお預けだな)」という一言が話題になりました。

 

2004年にはグレアム・ヘンリー、スティーブ・ハンセンそしてウェイン・スミスがコーチ陣を務め、2005年のブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ遠征試合にて3勝0敗と圧勝しました。彼らはその後、フランスで開催の2007年ワールドカップに向けて入念な戦略を練り始めます。しかし、カーディフで戦った準々決勝のフランス戦は18-20で敗れ、オールブラックスはワールドカップ史上最悪の戦績で早い帰国を余儀なくされました。

 

方針の転換により、ワールドカップのすぐ後もコーチ陣はそのまま残ることになり、2011年のニュージーランド大会を目指してチーム再編成を任されます。数年間、2007年の優勝国だった南アフリカに何度か負けたことが痛手となっており、オールブラックスにとって復活は平坦な道のりではありませんでしたが、その後、選手層の厚さを増すことに重点を置いた育成方法が実る結果となります。特に、スタンドオフのダン・カーター、コリン・スレード、アーロン・クルーデンの3人が負傷により欠場するという困難に直面した時には、決勝のフランス戦で4人目の控えだったスティーブン・ドナルドを起用しました。彼は勝負を左右するペナルティゴールを決め、8-7で優勝を果たしました。

 

ヘンリーのヘッドコーチ勇退後は、チームのさらなる構築とゲーム戦略を進めるためにハンセンの昇格が有力視されました。その後も経験豊富なチームによるオールブラックスの快進撃は続きます。2015年のイングランド大会までに、ありとあらゆる選手の準備が整っていました。2007年に敗れた準々決勝と同じカーディフで行われたフランス戦では、62-13で大勝しました。その後、準決勝で南アフリカを20-18で下し、決勝でオーストラリアを34–17で敗り、ラグビーワールドカップ史上初の連覇を達成しました。

 

優勝トロフィーは「ウェブ・エリス・カップ」と呼ばれ、どこの国にも属していません。オールブラックスにとってこのトロフィーは、大会で優勝して授与されるだけでなく、ワールドカップ初開催を世界に向けて働きかけた国としても、特別な意味を持っています。

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